2018年10月期

『僕らは奇跡で(僕キセ)』家政婦山田さん(戸田恵子)の正体は??実の母親??

『僕らは奇跡でできている(僕キセ)』第9話ネタバレ・家政婦の山田さん(戸田恵子)の正体が判明!!相河一輝(高橋一生)の実の母だった!?

山田さん(戸田恵子)から一輝へ!!衝撃の告白!!内容はこちら!!

山田:一輝さんを妊娠した時、本当に嬉しくて幸せいっぱいでした。一輝さんが生まれて会えた時の感動は忘れたことがありません。なのに私は、一輝さんが4歳の時、家を出ました。あの頃の私は一輝さんの個性を欠点だと思い込んでいました。だから欠点を直そうとしました。自分の思い通りに、思い描いた通りの子育てが出来なくて、自分はダメな母親だと思いました。周りからも駄目な母親だと思われてるって思いました。だから余計に一輝さんのことをみんなと同じことができるようにと必死になりました。
一輝:………。
山田:一輝さんが3歳の時、洋志さんが、…一輝さんのお父さんが亡くなりました。私はもっと頑張らなくてはいけないって、必死になりました。必死になればなるほど一輝さんを苦しめてるってことに気付けませんでした。そしてあの日、買物に出掛けました。
一輝:………。(涙が滲んでいる。)
山田:そのまま家には戻らず温泉に行きました。一泊したら帰るつもりでした。明日は帰ろう明日は帰ろうって思ってるうちに帰ることはありませんでした。
一輝の目に涙が溢れる。
山田:取り返しのつかないことをしました。お義父さんとお義母さんが一輝さんを育ててくれました。一輝さんが15歳の時ばったりお義父さんに会いました。こっそりと一輝さんの運動会を見に行った時でした。お義母さんが少し前に亡くなったことを聞きました。そして戻ってこないかって言っていただきました。私は母親としてではなく、家政婦としてこの家に戻ることにしました。母親だと一生名乗らないって決めました。それが私が自分に与えた罰です。家政婦として一生ここにいると決めました。これが全てです。
涙で、声にならない声で頭を下げ、謝罪をする山田さん。
一輝:ほかになにかありますか?
山田:いえ。
一輝:分かりました。
泣いている山田さんをそのままに一輝は自分の部屋に戻って行った。

今度は山田さんを呼び出して、一輝から山田さんへ!!

その後、鮫島教授(小林薫)に聞いた場所へ出掛けた一輝は大きなクーラーボックスを抱えて家に帰ってくると、山田さんの前に座り、話し始めます。

一輝:イヌって…
山田:イヌ?
一輝:はい。イヌって何目だと思います?
山田:なにもく?
一輝:動物の分類です。例えばジョージはカメ目です。
山田:亀だからカメ目?
一輝:はい。
山田:だったら、イヌはイヌもく?
一輝:いえ、ネコ目です。
山田:ネコ?
一輝:ネコはなにもくですか?
一輝:ネコ目です。
山田:で、イヌも?
一輝:ネコ目です。
山田:………。
一輝:イヌなのになぜかネコなんです、ややこしいですよね。でもよく考えたらどちらも肉食で共通の祖先から枝分かれした生き物なんです。で、この分類上の呼び方は全く重要ではありません。つまり、家政婦か母親かも全く重要ではないってことです。
山田:……はぁ。
一輝:重要なのは山田さんが存在していることです。山田さんがいなかったら僕は存在してません。僕が存在している確率を計算しようとしましたが、全くできませんでした。約2億ある精子の中から選ばれたのが僕です。それだけでも2億分の1なのに、そもそも山田さんが女として生まれなかったら僕は生まれません。それから山田さんがお父さんと出会わなかったら僕は生まれません。それから僕が生まれるまでに山田さんが死なずに生きていなかったら僕は生まれません。女に生まれる確率、お父さんと出会う確率、ヤマダさんが生きている確率を考えたら、本当に奇跡的です。さらに山田さんが山田さんのお母さんから生まれる確率を考えたら、僕が存在する確率はもっと奇跡的で、山田さんのお母さんが山田さんのおばあちゃんから生まれる確率を考えたら僕が存在する確率はもっともっと奇跡的になるわけで。とにかく先祖代々奇跡的なことが起こり続けてきたから、僕が存在してるわけです。それってすごいです。生まれただけでもすごいのに、この世界にはすごいことがたくさんあります。僕がまだ知らない事もたくさんあります。すごいです。山田さんから生まれてきて良かったです。山田さんありがとうございます。
深く頭を下げる一輝。涙ぐむ山田さん。
山田:一輝さん…。
一輝:それから。僕は大きな勘違いをしていました。僕が先送りが得意なのは山田さんが僕に先送りが得意だからって言ったからだと思ってましたけど、違いましたね。
山田:え?
一輝:山田さんが!先送りが得意なんですよ。言ったじゃないですか、温泉に行ったとき、明日帰ろう明日帰ろうって思ってるうちに帰れなくなったって。それを聞いたとき、最初ちょっと嬉しかったです。僕の先送りは山田さんに似たって事ですから。
山田:一輝さん。
一輝:それから。
山田:まだあるんですか?
一輝:タコが食べられない謎も解けました。僕が丸ごとのタコを食べたいって言ったから山田さんがいなくなったと思って食べられなくなったんです。それからタコは僕にとって嫌なことの象徴でした。
丸ごとのタコをクーラーボックスのケースから出して見せる一輝。
一輝:まるごとのタコです。でも僕にとってタコは嫌なことの象徴じゃなくて大好きの象徴だったんです。タコが食べられなくなるほど、あの頃の僕も山田さんのことを大好きだったってことですから。
山田:一輝さん、ありがとうございます。

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こうして相河家の食卓にはタコ料理が加わりました。
山田さんと一輝の笑顔の食卓になりました。
一輝とってもいい子に育ちましたね。
でも、複雑ですね。山田さんの立場で訊くと責められないなって思う気持ちもあるし、一輝の立場になって聞くと、あの時の一輝を勝手な判断で孤独にしたのは本当に罪深いなとも思いますし。みんなにはお母さんがいて自分にはいない、みんなにはできる、でも自分はみんなができることができない、そんなふうに苦しんでいた一輝の孤独を、って思うと置いてきぼりでいなくなった罪は大きいです。一輝の孤独に胸が締め付けれる想いです。

ひとえにおじいちゃん(田中泯)の偉大さに気付かされます。
でもこれもまた不思議なもので、人って意外に距離を保つと上手く行ったりすることがあります。もちろんおじいちゃんはもともと素晴らしい人格者でしたが、感情移入しすぎない関係というのはなかなか良いもので、母親というのは自分の子どもにどうしても感情移入しすぎます。他人の子が洋服の下から肌着がチラッと出ていても可愛いな、と思えちゃうのに、自分の子がそうだともうこんなに大きくなってもまだあんなにだらしない!って思っちゃったりするのです。それでその子のお母さんがその子にものすごく怒っていると「そんなに怒ることじゃないのにな」、「キラキラした笑顔でカワイイ子なのにな」なんて思ったりするんです。そしていざ自分の子を見てみると肌着がべろ~っとしてて注意しちゃうんです(笑)。

おじいちゃんの接し方は本当に素晴らしく、勉強になりました。
でも「孫」という関係性がまた適度な距離感と何をしていてもカワイイと思える関係性だから、本当に一輝は幸せ者だったな、って思います。
だから家政婦として帰って来た山田さんと一輝の関係性もまた適度な距離感でとっても良かった。互いに敬語を使い、敬いながら、くっつきすぎず一定の距離を保ち、相手を肯定しながら優しく穏やかに過ごすことができていました。この関係性は考えさせられるものがありました。母親は周りの「社会」からの目を気にしますし、「ママ関係の社会」の中でも生きています。仕事をしていたり、近所付き合いがあったり、育児だけをしていればいいわけではありません。やることはいっぱいなのに頼れる人がいなかったりします。母親もまた孤独を感じ、限界になるまで耐えてしまいます。おじいちゃんが温泉を勧めたくなるほど山段さんはギリギリでした。

でもひとつ言わせてもらうならば、山田さんもっと号泣して欲しかったなぁ(笑)。
自分の子供が大きくなって自分を気遣うほどの優しさもあって、こんなふうに言ってくれてらもう頭が上がらないです。もう喋れないほどに号泣して欲しかったなぁ。
本当は許されることではないって思って生きてきたはずですから。
もうちょっと泣いてほしかったなぁ!!
でも優しいドラマで本当に素敵ですね。
もっともっと見ていたいなぁ。